昭和42年8月20日 朝の御理解
  

 昔は女の方達の髪型と云うもので大体その人の年齢やらその人の職業やらと云うもの大体が分かったものです、ね。今はもう云うなら娘さんやら嫁さんやら、素人の方やら玄人の方やら分からない様な状態でございますね。いわゆるその髪型で分かると云ったようなことはございませんよね。
 昔は娘さんは桃割れなんかという髪を結っていました。もうそろそろ結婚前というような人達は島田なんか結い上げて、そしてこれは絶対もう嫁さんになったら丸まげを結ってあれば嫁さんであると分かった。
 子供の時分ではそれがはっきりしていましたですね。それが、いきすじになってまいりますと芸子さん達が結われるように投げ島田がありました。それをつぶすと、つぶし島田と云ったような髪型でね、その性格とか又はその年齢層とか職業とか、娘さんだ嫁さんだと云う区別が作くぐらいにあったんですね。信心もやはり、そういう一つの段階を追うものです、ね。ですから、信心も手習いも同じこと、一段一段上達して行くのである。そこで私共がそういうような、私はよく思うことなんですけれども、お互いの信心の程度と云った様なものがです、はっきり分かる様な方法はなかろうか。如何に幹部でございます、総代でございますと云うても、信心が出来ておるから総代でなからなければ、幹部でもないのです。目立たない様であっても、信心は最高に進んでおると云う人もございます。只これは神様の御都合なんですから、そういう例えば役とか、そういう事で信心がどうこうと云うことはない。
 分からない。問題はその人の心の中に頂いておる信心。云うなら信心から生まれて來る元気な心、生き生きした心、信心に依って頂ける信心の喜び、そういう様なものが一つの中心になるのでございますから、これは神様より外に御承知にならんわけですよ
 御大師様が仰ったと云う様に「空海の心の中に咲く花は弥陀より他に知る人ぞなし」と、そこでその私共の心の中に頂いておる信心と云うものは、神様より他に知る人ぞなしという、けれども、自分自身には分かるね、自分の信心とはこんなもんだなあと、だから私ほんと自分自身の信心がこの位のものだと分かったら、ほんとにいよいよ素晴らしいものに育てて行くと云うかね、そういう稽古が必要なのですけれども、自分の心を見ようとはしない、自分の信心の程度を知ろうとはしない。そしておかげおかげとおかげに明け暮れておるという信心が何十年続いても、それは同じだと私は思う。自分の心の中に感じる信心の喜び、信心の有難さ、それは成程有難い様にもある。確かに有難いんだけれど、うちに帰ったら有難くない。一つの問題に直面したらもう、それももろくも崩れて仕舞っている。そして浅ましいことを考えておる。
 我情我欲なこといっぱいで、突っ張った一日を過ごしておる。これでは値打が無いと云う訳ではないでしょうけれど、それを繰り返し繰り返し頂いておる内にです、段々ほんとの事になって行くのでございましょうけれども、そういうですね、私はおかげを頂かなければいけない。そういう自分自身の心というものを見極めようとせずに、只おかげのほうばかり見極めようとしたのではおかげにならん。
信心の桃割れ時代、何とはなしに初々しい、何とはなしに生き生きとしておるねえ、云うならば娘さんのはちきれるようなものが、信心に感じられる。確かにいうなら本気で朝参りも一カ月位続けてごらんなさい。ほんとに信心の喜びと云うものを心の中に感じることが出来るのです。それが信心の桃割れ時代だと私は思う。けど、それだけして本当のものじゃあ無いのです。
 それが島田に移って行かなければいけません、ねえ。いよいよおかげの本当の意味に於いてのおかげの受けられる受け物というものが出来なければいけません。よし何時嫁に行っても良いと云うだけの、いわゆる嫁入り仕度ではなく、嫁入りの心の準備と云うものがです、どの様なおかげを頂いても、どっこいと受け止められる。その私は、受け物がです、段々出来上がって行くのが自分に感じられる信心を頂きたい。
 ところが、島田の頃から丸まげにならずに、それこそ丸まげに結われる髪を持ちながらと云う様な昔歌が流行りました。確かに丸まげに結われる髪を持ちながら、それを島田を崩して投げ島田と云ったようなことになってくると、ここに運命の岐路と云うものがある。これから丸まげを結い、良い子をもうけ、そして家繁盛、子孫繁盛の元を作って行き、それが先祖への申し訳にもなり、いわば子供達へ対するところの又責任としての働きが出来れる様な場というものに入って行けれるのにその様なところに迷いが起こって來る。私こそ丸まげに結わせて頂いておる、結っておるんだ、結わせていただいておるんだと云ったような人がどのくらいおるだろうか。云うならば桃割れから島田のあたりでへとへとしているのではなかろうか、ね。そして、それをなげて仕舞う。もう私どんは信心は出来んと云う様に、信心を投げて仕舞うことになっては、いよいよ投げ島田的なことになって來るようになるのではなかろうか。
 私、今朝御神前に出てたらね、昔そういう髪型を次から次と頂くんですよ。御心眼に。そこから、私は今日はこれは信心の一つの過程の一つだと思うたんです。そして今朝の御理解皆さんに聞いて頂いておるわけなんですけれども。本気で信心を頂こうと云う気なってくるとですね、本当に生き生きとした喜びが生まれて來るのです。必ず。信心の喜びが芽が出るです。それをあたら摘んで仕舞う。もうこれじゃあ実も花も何もない訳です。そこんところが大事にしなければいけないところなんです、ね。その実も花も摘んで仕舞うと云うのは、何処にあるかと、あなたの心の中にあるんです。自分なこげなつまらんことを考えているんだなあ、こんな根性の悪いことを考え、こんなずるいことをこんなこすいことを考えておる。これでは、いわば本当の信心の花が喜びの花が咲く筈が無い。本当の喜びの実りの実りの筈もないのだと分からして頂いてそこんところを本気で取り組んで行かなければいけない。
 昨日は十九日ですから、合楽会がございました。昨日は暑いせいでしょうか、皆さん集まりが少なかった。それでもやはり、この私の控えと楽室とを襖を取って、そこに一ぱい二十名余り集まっておりました。十二時までもう十二時迄が時間が足りないようにお話が色々弾んで、色々お話を聞かせて頂く中に、今朝も参っておられます西田さんが、こんな発表をしておられます。私が体がこんなに弱うございましたから、金光様がお側に見えたから、金光様のおかげを頂こうと云うことで、毎朝日参をさせて頂くようになった。成程体の上にも大変のおかげを頂いて参りましたが、家族の上に非常におかげを頂いておる。それはよくよく思うて見ると自分自身が、やはり朝のお参りをさせて貰い、御理解を頂かせて貰って心に何とはなしに有難いものがおじいちゃんの上にも、息子達の上にも嫁達の上にも、孫達の上にまでそれが潤うて行く。まあ云うならばおかおげさのようですけれど、信心と云うのはとにかく、家庭円満の秘訣と云う風に発表されました。だからわたしはそうですよ、信心とは、家庭円満の秘訣ですよねえ、と話したこと。一人の見方が有難い、云うならば信心の桃割れ時代と云うところじゃないでしょうかね、西田さんとこの場合 色々発表がありました中に久富勇さんがお話をしておられました。私の様々疑問を持っていた時代、半信半疑の時代、そして或難儀をもっておる時代奥さんが病気でございましたから、一生懸命まいりよったばってん、もうようなったら止めるつもりだったことを赤裸々に話しておられました。ところが、神様は止めさせないと言う働きを、いや信心を次々と一段一段進めていかせようとする働きを、そういう働きをつどつどに感じたと云う訳。一生懸命のお参り、周囲のお祈り添えを頂いて、さしもの病人も助かった。助かったと云うても、まだ本当じゃあないと云う自分に一人で畑で一生懸命畑の御用をやさして頂きながら、あの土井というところは畑ばかりですからね、本当畑にいっぱい出てござるからね。家族中で出てあるんですね。それをあの人達は夫婦で出て来てある。あの人達は親子夫婦で出て来てある。家族中で出てある。それを見ると自分が一人で畑に出ておることは、非常に淋しかった。淋しかっただけじゃあなくて、ほんとに羨ましいことだなあ、こう思った。ほんとにあげな弱か嫁ごを貰ってほんとに嫁ごの呼びようが悪いと一生の何とかだというようなことまで、仕事をしながら考えた。一日働くことは働いたんだけど、何とはなしに淋しかった。ところが帰ったらもう、それこそ途端のようにですね、足が傷みだした。そこで慌ててその本家の家の久富繁雄さんを呼びに行って揉んで貰った。繁雄さんのことですから、先に御祈念をされて一生懸命ただ揉んで貰うと云うことだけでね、ところが繁雄さんの言われるのに、お前の足がそげん痛かちゅうばってん、俺の手に一つもこう響いてこない。あのあっちはそういう意味合で徳を受けてある。親先生の何時も奉仕をさせて頂くようになってから、兄は特別のお徳を受けているように思う。その場に於いて感じた。だからほんとに悪いというと、あんたここんにきが悪かとのと云うぐらいに自分な手に感じるちいう。ところが勇、お前が痛かちいうばってん、おれが手には一つも響いてこんて兄が言うじゃございませんか。こりゃいわばあんまぐらいに思いよった。そして神様に御祈念をさせて頂いたら、あの提灯がぶらぶらしとるところを頂いた。長い提灯がねえ。ご注意だろうかと思っていた。兎に角用も何も無いわけです。それでも晩に休まれんもんですから、寝たり起きたりしているうちに、四時がきたから四時から当時の椛目のお広前にお引き寄せを頂いたと云うのである。そしたらその朝の御理解がですね、信心させて貰うならね、もう本当に自分自身の現在只今が有難いのであってです、よその家はあげな風でよかえろうと云ったような羨ましいと云う心を起こすなということの御理解であった。もう私はそんときの事を忘れもしませんが、もうほんとに五寸釘を打たれる思いでございました。
 ほんとに昨日私が畑に出らせて頂いてから、よそげんな夫婦で出てござる、親子で出て来てござる。自分な家内が弱いばっかりに自分一人でとこう淋しい思いだけでなく、羨ましい思いで働らかせて頂いたと云うことがもう、心の底から相済まんと云う気になった。それきりおかげを頂いたと云う話から始めてまいりました。初めの間はそりゃあほんとに驚きました。家内が段々おかげを頂いてくる。夫婦で仕事が出来るようにもなる。必ずお野菜を作るならば、ちゃんと何なにとお野菜の名前を書いて、このうちにどれを作らせて頂いたらよいだろうかと云うて、御神意を頂いてお伺いすると、親先生が丸を付けて下さる。それを作らせて貰うと、もう必ずおかげを受けた。
 それが三年間位続きましたでしょう。ある時なんか白うりを作らせて頂く為にお伺いしたら、今年は白うりを作りなさんなと親先生が仰った。今年はごぼうばっかりを作りなさい。どうかと思ったけれど、親先生が仰るからと思って、畑にごぼうばかりを作って、白うりは全然作らなかった。ところがその年は先生じゃあない、皆さんにその年はうりのじごをとってやってから、持って行っても二束三文だった。ごぼうはその時の最高は百三十円どれだけか知らんけど、百三十円までに値上がりするような好景気であった。 その時分兎に角勇さんの作らっしゃるものを作らにゃと農協の者が言うくらいに、評判するくらいにありました。信心の桃割れ時代、ねえ、ところが、三年余りそれが続きましたら今度はお願いをし、信心も少しは進んでおるにも拘らず、お伺いをして作らせて頂くともうそれが、出来損なうと思うとそれが二束三文に安い。その時に私共夫婦は考えました。話し合いました。こりゃあ家内が申します、お父さん、私どんが生活程度を神様が引き下げよと仰るところですばい。この程度で生活していけたら幸せですばい、言われりゃあ成程そうだと言うて最低の生活に入らせて頂いた。野菜が安ければ安い、神様にお願いをし、御神意をお伺ごうて作らせて頂いて、それが作った野菜ほどに安い。こりゃ神様の道もあったもんかと言うのではなしに、これは神様がめぐりの取り払いに掛かって下さっておるんだ。こういう生活に帰れと今迄の百円の生活しよったのなら、五十円の生活に入れと言って下さっておるんだ。さあ、ここがひと修行じゃろうと言うて、おかげを頂きましてから、夫婦の者がそこんところに不平を言わずに済むくらいのところの信心を頂いておったという。皆さん、この辺が私は島田時代と思うですね。それがやはり三年位続きました。
 ところがそれからこの方と云うものはですね、おかげを頂いてから、又昔の様におかげを頂きましてから、御神意さえ伺うて作らせて貰い、こちらの信心にさえなっていけばもうほんとに人がたまがるように、たった僅かのこれだけの土居あたりの小さいお百姓さんでしょうかね、僅かばっかりの田畑だけで、ようもこれだけのことが出来ると言うくらいにおかげを蒙っておりますというような発表をなさっておられます。この中に桃割れ時代から島田時代、島田時代から丸まげに結い上げても良いという準備が出来ていると云う感じがするじゃあないですか。信心しよったっちゃ、同じことばの。こげなことがある、というようなとこ。そういうような時こそ、大事にしなければいけないと云うことなんです。そこからです、私はあの世にも持って行かれ、この世にも残ると云うような大事なものが育って行く、ね。よい子が生まれるんだ。よい徳が生まれるんだ。その徳が私を支えてくれるのであり、いわば後生迄も、いうならばあの世までも、持って行けれるものであり、あとに子供にも孫にもそれが伝えて行けると云う程の、それを御神徳と云うのです。御神徳と云うのは、もうこの氏子はどうであってもこうであっても、降っても照っても有難い有難いで過ごして行けれる氏子であると云うことがです、神様に認められた時に神様の御信用がつくのです。初めの間はやっぱり何とはなしに、おかげがなか神様は分からん。必ず病気が良くなった。野菜もほんにこんな風に何年か続くなら家も倉も建とうと云うくらいに、おかげを頂いたけれど、それは三年しか続かなかった。そこから、云うならばお試し時代と申しましょうか。今日の御理解で云うなら、島田時代が続いておる。そこんところをです、日頃の教えを元にして、こりゃあ、神様の御都合に違いないとそれを合掌して受けていった。元気な心が次にもう嫁に行っても良いというか、丸まげを結うてもよいと云うような準備が段々出来てきておると云うこと、ねえ。丸まげを結わせて頂いたからと云うて、楽なことばっかりはなかろうけれども、子供を育てて行くというか、段々一切のものが育ってゆくところの働きと云うものが出来て來る。信心の徳が生まれてくる。その徳こそが私は信心の本当の値打であると云うこと。例えば、神様がそれこそ、願い通りにです、昨日もその話が出ました。これは福島さんが見えておられますが、福島さんの奥さんの妹婿さんの話なんです。云うならば、何ちゅうですかね、昔の相場小豆相場と云うのがありますよ。ちょこっとばかり投資してがばっと儲ると云うような相場なのです。その事のお願いにみえたんです。そしてその実は相場やりましたら、これだけ損が出来た。それを取り返さなきゃ出来ん。というのでお願いに参りました。そん時に私は申しました。中村さんこりゃあもう、今度ぎりですよと。私はお取次をさせて頂いた。
 もう二度となさっちゃあいけませんよ。今度ぎりのことなら、私がお願いさせて頂こうと言うてお願いさせて頂いたら、前んとのそんじゃなくて相当儲ることが出来た。ところがそれに味をしめて次に出会うた時にはみもとの底から取られると云った様な状態でした。そのために福島さんもずいぶん運動されましたけれども駄目でした。たとえばそういう様なことが続いてよかろう筈がないでしょうが。実際におかげと云うものがそんなに濡れ手に粟の掴み取りの様なおかげが、もしそういうおかげを下さる神様がござるなら、これは風上にも置けない神様なんですよ。
 この神様は何と云うても親神様なのですから。
昨日合楽会の方の中に、大体あの金光様と天地の親神様ちゃあ、同じもんですかと云う質問があった。分からんと誰もそうなのです。金光様はこういう方であり、天地の親神様とはこういうお方であると云うことを、そこを詳しく話させて頂いたら、居並ぶみんなが、知らなかったと云う様な風でいたが、分からんところがあれば聞かなきゃあいかんです。自分達の聞くことに依って、居る者みんながおかげ頂くんですから、十年信心しとちゃあ分からんことがあるでしょうが、皆さん。分からんな聞かんにゃあいかんです。そしてほんとの信心を求めて行かんにゃあいかんです、ね。そして私はそういう様な、私ばっかりの信心だったら、いよいよ人間は堕落するだろうと思います。信心そこらは堕落するだろう。そこに桃割れ時代から島田時代があって、信心が引き締まってくるのです。どの様なことがあってもどっこいと受ける力。どんな場合でも有難いと思う、思わせて頂ける、受けれる道を体得するのですよ。そういうところに、神様の御信用、御神徳とは、神の信用と仰る様に、この氏子は引いても押してもびくともせんと云う見極めが出来たときに、生まれて來るのが、いわば本当の信心と云うか、真の信心と云うのはそういう信心をもって真の信心というのですよ。
 真の信心にはお徳が伴わない筈はないのです。今日そこんところ、私は桃割れ時代から、島田時代といった様なことを申しましたね、島田崩れ、投げ島田的になって行くところに運命が崩れて行く。その島田のところから、丸まげを結わせて頂く準備に掛からせて貰う。嫁ごにやらせて頂く。その準備がどういうところに嫁行ってもびくともせんだけの、いわば鍛えと云うものが出来た時に丸まげが結い上げられる様なおかげが受けられると云う様に、信心の過程を皆さんに聞いて貰ったですね。だから銘々が自分の心にしか、分からないのですから、自分こそ今、島田時代でもあろうか、桃割れ時代でもあろうか。いやいわば自分はもう丸まげを結われる準備をさせて頂いておる時じゃあなかろうかと云う様に、自分の信心を再検討させて貰い、おかげを頂いて行かなければならんと思うのでございます。 どうぞ。